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中国歴史小説と幻想的な恋の話


2005年 01月 30日 ( 1 )



「呉子」無敗の将軍 若き日の呉子 Vol.9 父の死

 張疋(ちょうひき)の屋敷はまた男達だけになり、呉起と許駿(きょしゅん)は兵法書を読み続ける単調な生活を繰り返して夏が過ぎて、また新しい春が訪れた頃、蔡信(さいしん)が子供を一人連れて来た。
「俺の懐を狙いやがったのだ」
「すりは捕まれば、子供だろうが右腕を切り落とされるのだろう。それでそいつをどうするのだ」
 書を読むのに疲れて出てきた許駿が蔡信に言った。
「どうやら、こいつらはスリの親分に養われているらしい。その日の上がりが悪いと飯を食わしてもらえなかったり、殴られたりするらしい。」
「おいおい蔡信。勘弁してくれよ。何か嫌な臭いがして来たのだけどな。まさか、スリの親分と喧嘩でも始めようって気じゃないだろうな」
 許駿は蔡信が胸の内で考えていることを想像した。

「名前は何という。その親分のところには、スリの技を仕込まれている子供は何人いるのだ」
 二人の話を聞いて書庫から出て来た呉起が少年に尋ねた。
「俺の名前は快(かい)だ。十人いる」
 快が呉起の顔を挑むように見て言った。
「子供達にスリをさせているのなら、逃げられないように大人の見張りがいるだろう」
 呉起が重ねて尋ねた。
「何かあると俺達を殴ってくる奴が五人いる」
 快が不安そうに答えた。

「おいおい。お二人さん。もうすっかりスリの親分のところへ殴り込みに行くつもりのようだけど。その後に子供達をここで面倒みるつもりじゃないだろな」
 許駿がその気になっている呉起と蔡信に尋ねた。
「蔡信。快にスリの親分の所へに案内してもらおうか」
 呉起はそう言うと立て掛けてあった棒を一本持って歩き出した。
「どうして、おまえら二人はこう言う事では気が合うのかね」
 許駿はそう言うと大きくため息をつきながらも、呉起と蔡信の後に従った。スリの親分の家は臨淄の町外れにあった。張疋の屋敷にくらべると随分立派な家で、どこかの資産家の屋敷のようであった。
「大丈夫だ。快の仲間を助けに行くんだ」
 蔡信はそう言うと怯えている快の手を握って安心させた。

「誰だ。でめえは」
 家の中から背の高い目つきの悪い男が出て来ていった。
「この家では可哀想な子供を養ってあげていると聞いて、俺たちも少しお手伝いさせてもらおうかと思いましてね」
 呉起は目つきの悪い男に言った。
「この餓鬼どこへ逃げてやがったんだ」
 目つきの悪い男は蔡信の手を握っている快を見て言った。
「呉起よ。子供達を働かせて上前を撥ねているような奴らだ。つまらん遠慮はいらない」
 蔡信はそう言うと空いている右手で男を殴り倒して、家の中に踏み込んで行った。

「誰だい。おまえさん」
 酒を飲みながら女を脇に抱えた親分らしい男が蔡信を見て言った。だらしなく酒を飲んでいた若い男達が蔡信の姿を見ると剣を持って立ち上がった。
「子供達にスリをさせて、上前を撥ねてる野郎がいると聞いてね。どんなふてえ顔をしているのか見に来たのだ」
「殺っちまいな」
 親分が言うより早く、立ち上がった男が小さな剣を腰に当て体ごと蔡信にぶつかって来た。蔡信は剣を抜く間がないので、肩先から男にぶつかり、跳ね飛ばした。蔡信の腹に冷たい剣先が触れた。呉起は持っている棒を突き出して体ごとぶつかって来る男の顔を突いた。男は悲鳴をあげて転がった。呉起は突いた棒を手元に引いて回転させ、もう一人の男の頭を払うように叩いた。男は鈍い音を立てて床の上に倒れた。蔡信は無表情に剣を抜くと男を壁際に追い込んだ。

「子供達はどこだ」
 蔡信が聞くと若い男は怯えたように親分の顔を見た。呉起は棒で親分の腹を激しく突いた。
「どこのやくざに頼まれたんだ」
 親分は体をくの時に曲げて苦しそうに言った。
「どこでも構わないだろう。明日からはスリがしたかったら自分達でするんだな。もっともあんたは二度とスリは出来なくなるけど」
 呉起は親分の右手を足で踏みつけて手を床の上に押さえつけ、垂直に棒を突き下ろした。
「右手を切り捨てられるよりはいいだろう」
 手の骨が砕かれる鈍い音がした。あまりの激痛に泣き叫んでいる親分に吐き棄てるように言った。

「奥の部屋にいるよ」
 許駿の後ろに隠れていた快が言った。
「快。もうスリを働かなくて良くなったと言って、皆を連れ出して来い」
 呉起が言うと、快が嬉しそうに奥の部屋に走って行った。やがて小さな女の子から快より年上の男の子まで不安そうな顔をして出て来た。
「いいか今度、この街でおまえ達を見掛けたら叩き切る」
 蔡信は震えている若い男に言うと、蔡信の顔を不思議そうに見上げている小さな女の子を抱き上げた。
「子供達を取り返そうなんて考えるな、大事な命を失う事になるぞ」
 呉起は蔡信の背中から剣を抜いて震えている男の髷を切った。髪がふわりと宙に舞って、男の顔を覆った。一瞬の後に剣は蔡信の背中に戻っていた。男は恐怖で腰を抜かしていた。

「どこへ行くの」
 女の子が蔡信に尋ねた。
「ご飯を食べる為に悪い事をしなくて良いところだよ」
 蔡信はそう言うと子供達をスリの親分の家から連れ出した。
「蔡信は女の子に人気があるようだな」
 呉起は小さな子供達の手を引いて言った。
「こいつらの面倒は誰が見るのだ」
 許駿はそう言いながら快や大きな男の子の顔を見ていった。

 その夜から男ばかりで静かだった張疋の屋敷は子供達の声で賑やかになった。呉起は張疋に子供達を屋敷に住まわせて欲しいと頼むと、張疋は拍子抜けがするほどあっさりと許してくれた。
 呉起は子供達に手習いとして優しい文字を教え始めた。すると、呉起にさえ何も教えようとしなかった、張疋が楽しそうに子供達に教え始めた。
「この屋敷はまるで子供達の塾になったみたいだな」
 許駿はそう言いながらも楽しそうに子供達の手習いをした。
「この子達をこれからどうするつもりなんだ」
 許駿は子供達が笑顔で騒いでいる姿を見ながら言った。

「やがて文字を読めるようになって、算盤が出来るようになれば大店でも働けるようになるだろう。蔡信が剣術を仕込めば、立派な兵士にもなれるさ」
 呉起が快の文字を直しながら言った。
「俺は偉い役人になるんだ」
 快が二人の話を聞いて言った。
「ほう。どうしてだ」
「うん。役人になって俺達みたいな親なし子でも飯を食わしてくれる家を作るんだ」
「そうか。じゃあ。頑張って文字をおぼえなきゃならないな」
「うん。だからもっと教えてくれ。いつまでも兄ちゃん達の世話になってられないから」
 快は目を輝かせて言った。
「頼もしい事を言うじゃないか」
 快の言葉に許駿と呉起は顔を見合わせて笑った。

 いつもは馬才の店で商売の勉強をしている郭犀が額に汗を流して走って来た。
「よいところに来てくれた。子供達に算盤を教えてもらおうかと思っていたところなんだ」
 呉起の言葉に応えず郭犀の表情が暗かった。
「呉勝殿が亡くなられたそうだ」
 郭犀が呉起に伝えるのが辛そうに言った。呉起は郭犀の言葉を聞くと頭の中が真っ白になってしまい言葉を失った。
「部屋に戻る」
 呉起は呟くように言うと足を引き摺るように部屋に戻って行った。許駿も郭犀も呉起にかける言葉を見つけられなかった。子供達の笑い声が無邪気に屋敷に響いた。その夜、呉起の部屋から一晩中嗚咽が漏れ聞こえた。

「私は帝丘に戻る」
 翌朝、呉起は帝丘から一緒に来た皆を前に言った。
「許駿。これは、帝丘を出る時に父が持たせてくれた金だか、張疋殿と相談して、この子達の為に使ってくれ。超耳、華元、李克は許駿を助けてやってくれないだろうか」
 許駿の前に千斤の金を置いた。
「蔡信はどうするのだ」
 許駿が昨日から黙り込んでいた蔡信に尋ねた。
「俺は呉起について行く」
 蔡信が目を閉じたまま答えた。

「いつ出発するのだ」
 超耳が尋ねた
「このまま発つ事にする。いつ戻れるかわからないが、後の事はよろしく頼む」
 呉起はそう言うと張疋の部屋を訪れ、これまでの礼を述べ帝丘の街に帰る事を告げた。
「後の事は心配するな」
 張疋はそれだけ言うと呉起を臨淄の城門まで送った。呉起の胸には張疋に対する言葉に出来ぬほどの感謝の気持ちが溢れていた。呉起は万感の思いを込めて、張疋の手を握って別れを告げた。

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by shou20031 | 2005-01-30 15:47 | 中国歴史小説

    

永遠の愛ってあるのだろうか
by shou20031
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