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中国歴史小説と幻想的な恋の話


2005年 01月 25日 ( 1 )



「呉子」無敗の将軍 若き日の呉子Vol.4  大罪

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 その夜、呉起が寝つけずにいると窓を激しく叩く者がいた。
「誰だ」
「超耳です。たった今戻りました」
 呉起は寝台から立ち上がると窓を開けた。
「ご苦労だった。しかし、この時間どうやって街に入ったのだ。城門はすでに閉まっていただろう」
 超耳は公子亹(び)の兵隊に従って食邑を出て来た。兵士達が城外で一旦隊列を整えている間に密かに城門を潜り呉起に知らせに来た。
「蛇の道は蛇と申します。それよりも公子亹様の兵士がすでに城外に来ております。」
 蔡信の父親は下級官吏であったが城門警備をしていた。蔡信は父親を通して超耳が出入り出来るようにしてあった。
「何だと。国境に向かうはずではないのか」
 呉起は超耳の報告を聞くと、自分の不安が現実となってしまったことにうろたえた。
「いいえ。彼等は夜間にも関わらずこれより城内に入る支度をしています」
「そうか。私は公子適の屋敷に向かう。戻ったばかりですまぬが、蔡信達を起こして公子適様の屋敷に来るように伝えてくれ」

 呉起は剣を持って公子適の屋敷へ走った。月明かりもない真暗な帝丘の街に呉起の足音が響いていた。呉起は公子適の屋敷の門を激しく叩いた。やっと掴みかけた夢が逃すわけにはいかなかった。
「急いで警護を固めて下さい。公子亹の兵がすでに城門の外に来ています」
 門番に起こされて、まだ眠そうな高遠に呉起は興奮して言った。
「何だと。公子亹様は斉との国境に向かったのではないのか」
 高遠は呉起の言葉を聞くと慌てた。
「いいえ公子亹の邑に残しておいた私の手の者がたった今知らせにまいりました」
「それでは斉との国境の争いと言うのも嘘だったのか。なんと言う事だ、公子亹は衛の全ての常備兵の兵権を握っていることになる」

「一体何を騒いでおるのだ」
 公子適が屋敷の騒ぎに気がついて起きてきた。
 呉起は斉に向かったはずの公子亹の兵が城外に戻っていることを公子適に説明した。高遠は警備の兵を指揮して屋敷内に出来るだけ多くの旗を掲げ、篝火を燃やした。公子適の屋敷が夜空に煌々と照らし出された。やがて蔡信と自警団がまるで盗賊のような格好をして到着した。
「そうであったか。夜遅くにもかかわらず、私の為に知らせてくれたのか」
 公子適はそう言うと呉起の手を取った。
「しかし、公子亹の狙いはどうやらこの屋敷を襲うだけではないようだ。高遠。急ぎ馬車の準備をしてくれ、私は宮殿に駆けつける」
「公子適様、まさか亹様が宮殿を襲われると言うのですか」
 呉起はその時はじめて公子亹の狙いが公子適ではなく昭公の命だと言う事に気付いた。
「そなたの思ったとおり、私を襲うのであれば1旅の兵もいれば十分だ。これほど大掛かりな策を用いて兵権を握ったからには、昭公のお命を狙う以外にありえまい」
「しかし、昭公は公子亹様にとってお父上にあられます」
「呉起よ。愚かな衛の公族は親子、兄弟の殺し合いを幾たびも繰り返して国政を省みなかったのだ」
 
 突然、屋敷の外で多くの人々の足音と甲冑の触れ合う音で騒がしくなった。篝火に公子亹家の文様が映し出された。
 公子適の屋敷を公子亹の食邑から来た私兵が囲んだ。
 公子適の屋敷の門が開き一台の馬車が屋敷を出ようとした。
「私は公子適である。これから宮殿に向かうので道を開けよ」
 公子適は大きな声で包囲している兵士に言った。

「公子適様。屋敷にお留まり下さい。どうしても聞いてもらえない場合はお命を頂戴してもよいとの命令を受けております」
 兵士達の中から煌びやかな甲冑を着けた隊長が出て来て言った。
「いったい誰の命令だ。私は公子適である。私には君主である昭公しか命令することが出来ない」
 公子適は隊長を威圧するように胸を張って言った。
「すでに衛の国の君主は変わられました。太子であられた亹様が新たな衛の君主です」
 隊長はそう言うと後ろにいる兵士に命じ公子適に弓を向けた。
「どうしてもお聞きいただけなければ、命令通り公子のお命をいただきます」
 隊長が剣を振り下ろすと馬車の御者に何本もの矢が鈍い音を立てて突き刺さった。御者は自分の胸に刺さった矢を不思議な物を見るような目で見つめて倒れた。

「おのれ。何をする」
 公子適は家人が射殺されたのを見て、怒りのあまり剣を抜いて隊長を切り倒そうとした。高遠は慌てて公子を抱きとめると、部下に向かって馬車を屋敷に戻し、門を閉じるように命じた。
「適様。堪えて下さい。例えこの包囲を抜けて宮殿に向かっても、昭公はすでに亡くなられているでしょう」
 高遠は自分の体を盾にして公子適を抱きかかえた。
「何と言う事だ。衛の公族は呪われた血が流れているのか」
 屋敷内に戻された馬車の上で公子適は泣き崩れた。
呉起と蔡信は公子適の悲しげ姿を見つめていた。公子適は高遠に抱えられるようにして屋敷の中へ戻った。

「呉起よ。俺達はどうしたらいいんだ」
 蔡信は公子の姿を見つめながら尋ねた。呉起は掴みかけていた夢が、目の前で壊れてゆくのを呆然と見つめていた。。
「今夜はこのまま公子適の警護をしていよう」
「大夫の話も水の泡となったか」
 蔡信は大きなため息をついた。


  斉の国境より戻った帝丘城外の公子亹の陣営では今夜宮殿を襲うことを告げると、反対した大夫を2人見せしめのために兵士達の前で斬首した。血を見た事により兵士の士気が高揚したのか大きな掛け声を上げた。松明を掲げた兵士達が帝丘の街の城門の前に整列した。松明の弾ける音と炎が公子亹の心を狂わせていた。御者が大声で緊急の知らせで宮殿に向かうと告げると、かねて打ち合わせていた通り城門が開いた。
 
 公子亹(び)が手を上げると兵士達は駆け足で宮殿に向かった。馬の鳴き声と車輪の立てる音が静まり返った帝丘の街に響き渡った。公子亹は激しく揺れる馬車の上に自分の気持ちが真っ白になってゆくのを感じていた。宮殿に到着すると兵士を率いて昭公の住む奥の後宮に向かった。公子亹は警備の兵士が阻もうとするのを、無言で切り伏せた。自分の剣が兵士の首を断ち切り、激しく鮮血が噴き上がるのを、まるで夢の中の出来事のように見つめていた。
 宮殿の警備兵と公子亹の私兵の激しい戦いが始まった。しかし。圧倒的な数で押し寄せられ、警備兵が次々と床に倒れた。兵士達の叫び声と激しく打ち合う剣の音が、狂ってゆく公子亹の心をまるで蛇の舌のように冷たく舐めていた。
 
 後宮に踏み込んだ兵士達は、普段入る事のできない艶かしい雰囲気と女達の上げる嬌声に感覚を狂わし、禁じられているにも拘らず侍女達を押し倒し出した。衣を引き剥がされた白い肉体と侍女の上げる叫び声が兵士達の心を一層狂わせた。
「馬鹿者。後宮の女に手を触れた者はその場で打ち首だ」
 女の脂粉に狂った兵士を刺し殺す隊長の声に兵士達は我を取り戻した。
兵士達は昭公を探し出すと言う命令をやっと思い出し、寝台の下や納戸の中を捜した。
「太子。まだ見つかりません」
 鎧を着けた管亮が公子亹の脇に立って言った。
「必ずどこかに隠れている。もう一度探し出すのだ」
 血を浴びて阿修羅のようになった顔が松明の明かりに照らし出された。顔を検めるために、叫び声を上げて逃げ惑っていた女達は一つの部屋の中に集められた。嬌声はやがて泣き声に変わった。太子亹は剣を手にしたまま昭公を捜し続けた。厨房の竈の灰や便所の壷の中まで検めさしたが、見つけられなかった。
「夜が明けるまでに見つけなければまずい事になります。様子を伺っている大夫達も朝になれば宮殿に来るでしょう」
 一晩中続いた狂乱の疲れを顔に表した管亮が言った。
「宮殿から出てはいないはずだ。必ずこの中にいる。探し出した者には思いのままの恩賞を出すぞ。もう一度良く捜すのだ」
 公子亹も捜索に疲れ切った兵士を励まして、もう一度捜させた。
宮殿の床下や屋根裏や屋根の上まで兵士が上がって捜したが見つけられなかった。
 
 やがて朝日が宮殿に差し込んだ時、衛の歴代の君主の霊を祭る廟堂の中から昭公と妃が見つけ出された。昭公は侍女の服を纏い、哀れなほど震えていた。
 公子亹は目の前の男に対して、幼い頃から両親から離れて育てられた為だろうか、一度も肉親の情を感じた事はなかった。会う時はいつもだらしなく女を抱いている姿で、そんな男がいつの間にか君主となっていた。

「私がそなたに何をしたと言うのだ」
 兵士に引きずり出された哀れな昭公はすがるような目をして公子亹に言った。
「荒廃した田畑と疲弊した民を想い、華美に溺れた生活を改められ、真摯に政治を行うようにと、私は何度もお諌めもうしあげたはずです」
 公子亹は剣を後ろにして昭公に話しかけるように片膝を床についた。形ばかり諌めていた言葉が今では、真実の言葉のように口から出た。
「わかった。そなたの申す通りに改める。酒も止める。好きな妃をおまえにやる」
「すでに、矢は放たれたのです。天に代わってお命をいただきます」
 公子亹の目が怪しく輝くと後ろにいる兵士に命じた。兵士は一瞬の戸惑いを見せた。兵士にとって貴人である君主を殺すことが恐ろしくあった。
「何を怯えておる。殺せ」
 震えている兵士を見て管亮が激しく命じると、兵士は何か呟くと目を閉じて剣を昭公の胸に突き刺した。衛の31代昭公の治世はわずか6年であった。
「これで終わったな」
 公子亹は横たわる昭公の姿も見ずに立ち上がると管亮に言った。管亮は昭公の衣服から衛の君主の印璽を取り出して太子亹に渡した。この日の朝より懐公の治世が始まった。
「いえ。新しい衛の君主としてこれからが本番です」
 管亮は血に濡れた剣を鞘に収めると、己が夢に見ていた宰相となった事に気がついた。
「早速、新たな君主として、卿大夫を招集して閣議を開かねばなりません」
 朝日が昇ると公子亹の私兵は公子適の屋敷の包囲を解いた。
 公子適は新たな君主懐公の招きにも応じず自分の食邑に籠ってしまった。翌日からはまるで何も変わったことなどなかったように、帝丘の街の日々は過ぎて行った。
by shou20031 | 2005-01-25 21:28 | 中国歴史小説

    

永遠の愛ってあるのだろうか
by shou20031
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