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中国歴史小説と幻想的な恋の話


2005年 01月 24日 ( 1 )



無敗の将軍「呉子」 若き日の呉子 Vol.3 公子亹の陰謀

  呉起はやくざの親分の陳平から呼び出しを受ける事を予想して、事前に公子適家の警護隊長の高遠と打ち合わせをしていた。自警団を作った呉起と蔡信を呼び出す時は、陳平は子分のやくざを集め必ず二人を殺そうとするはずだから、それはむしろ一挙にやくざを捕まえる機会であると、陳平の動きを待っていた。その為に自警団の街の見廻りを以前より頻繁に行なったり、陳平の家の前をわざと見廻らせた。
「呉起のおかげで帝丘の街の大掃除が終わったようだな。ほう。おまえが帝丘一の悪童と言われた蔡信か。呉起を待ち伏せして殴り倒して得ようとしたものは何だったのだ」
 公子適は、体を硬くして控えていた蔡信に気軽に話した。
「生涯の友を得ました」
 蔡信は貴人の公子適に声をかけてもらい緊張して顔も上げる事も出来なかった。やっとの思いで肩で息をするように答えた。
「公族の私には、残念ながら生涯の友と呼べる者はいない。二人が羨ましいぞ。呉起よ。帝丘一の頭を二度も殴らせた事が無駄にならなかったのう。これからも二人の力を私に貸してくれ。」
  公子適はそう言うと家人に声を掛けた。それを待っていたかのように何皿もの料理が持ち込まれた。緊張していた蔡信もほっとした笑顔を呉起に向けた。
「この度は高遠殿の素早い手配のおかげで助かりました。残念ながらやくざの親分の陳平を取り逃がしましたが、彼一人だけでは何も出来ないでしょう」
「今回の事は、本来は役人が対処しなければならない事だが、司寇(警察長官)が陳平を取り締まれんと言ったのには驚いた」
 君主である昭公が怠惰な生活に送り、国政を省みないため、従う官僚達は己の利権と財産を増やす事に励む者が多かった。
「陳平は帝丘の役人にそうとうな賄賂を贈っていたのでしょう。だから余計な工作をしないで、 平然と私と蔡信を殺そうとしたのです」
陳平は衛の国の腐敗した官僚組織の弱みにつけ込んで、やくざとして帝丘の街を手中にしようとしていた。
「呉起よ。帝丘のやくざを見事な手腕で掃除してくれた。私は機会を見てそなたを昭公に推薦しようと思っている。これからは衛の国の為にその才能を発揮してくれ」
「畏れ多いお言葉でございます。この度の件は決して私だけの力ではありません。ここにいる蔡信やその仲間がいて初めてなしえた事であります」
 呉起は公子適の言葉を聞くと自分の思惑通り計略が進んでいる事に安心した。
「わかっておる。私も当初は帝丘の街の掃除が出来たらそなたを我が家人としようと思っていたが。むしろそなたの力量は国の為にこそ役立てるべきだと思ったのだ。私はそなたを大夫に推薦しようと思っておる。そうすれば我が家人でいるより力を発揮出来るであろう。そして多くの家人を雇わねばなるまい。自警団はそなたの家人とすればよい」
 大夫には上、中、下があり、上大夫は大臣、中大夫は副大臣、下大夫は上級官僚でいずれも貴族である。君主から食邑(領地)が与えられ、下大夫でも30人程度の家人が必要となる。さらに官僚として上士、中士、下士と分かれ、給与として穀物を支給される。いまだ二十歳にもならない呉起をいきなり貴族にすると言う、まるで夢のような話であった。呉起は予想以上の公子適の評価に思わず声を上げそうになった。
「衛は国と言うにはあまり小さく、戦うにしてはあまりに力がない、そのため魯と和し趙に兄事している。そなたにはこの衛の国のために私の手助けをして欲しいのだ」
 公子適は呉起に対して、衛の国の難しい外交について話した。それまで微笑みを浮かべていた公子適は、国政を省みない兄に代わり、小国衛の外交を一手に担う苦労を険しい顔で語りはじめた。
「衛は河水に挟まれた要衝で肥沃な土地である。三晋(趙、韓、魏)斉、魯など国境を接する大国ばかりでなく、異民族もしばしば国境の村々を侵している。さらに大規模な戦が起これば戦に負けなくとも、田畑は荒れ国費は底をつくのだ。衛の国を滅ぼさない為には、大国同士の利害を見極め、常に衛の国の生き残れる道を探し続けなければならない。そなたは歳は若くとも周旋の才がある。その才能を衛の国の為に発揮してくれ」
「ありがとうございます。微力ですが公子の手足となって衛の国に尽くしたいと思います」
呉起は公子適の言葉に、己が衛の国の為に東奔西走する姿を思い浮かべていた。
「悲しいかな衛の国は中原の地にありながら、代々公室は国や民を想うことなく、争いを繰り返して国を疲弊させて来た。さらには士大夫までもが己の利権の為に君主を追放するなど、国土を荒廃させることはあっても豊かにすることはなかったのだ。幸いにしてここ何代かの公室は争うことなく、国土を削る事もなく平穏な時期が続いておる。この平和な時が続くように、諸国との外交を巧みに行わなければならない」
 その時突然外で人が叫ぶ声がして騒がしくなった。蔡信が剣を引き寄せ、外の様子を見る為に立ち上がった。
「いったいどうしたのだ」
 公子適は立ち上がり自ら部屋の扉を開けて、暗い庭を光を当てて捜索している兵士に尋ねた。
「不審な者がこの家の様子を伺っていたのです」
 剣を持って部屋の前に立っていた警護隊長の高遠が言った。
「どこかの国の密偵なのでしょうか」
 呉起が公子適に言った。
「必ずしも外国の密偵とは限らん。私の動きを好ましく思っていない者は帝丘の街にも少なくない。まだ刺客まで放たれてはいないようだが」
 公子適はそう言うと呉起に笑いかけた。
「必ずしもそうとは言い切れません。近頃公子亹(び)様が自邑で密かに私兵を集めていると言う噂があります」
 高遠は厳しい顔をしたまま公子適に言った。
「高遠。迂闊な事を申すな。亹様は太子である」
 公子適が高遠の言葉を断つようにたしなめた。高遠はまだ何かを言いたそうであったが、頭を下げると部屋の前から引き下がった。
「私どもは公子のお言葉に甘えて、長居をしたようです」
「呉起よ。これからは衛の国の民の為に力を尽くしてくれ」
 公子適は頭を下げて退出しようとする呉起に慈しむように言葉を掛けた。
呉起はそのまま公子の屋敷をさがらず、先程の言葉が気になって高遠の詰めている部屋を訪れた。
「先程の不審者はどうなりましたか」
「逃げられたようだ。この頃あのような事が度々あるのだ」
 高遠はそう言うと呉起と蔡信に椅子を勧めた。
「公子亹様が私兵を集めているとか。どう言うことなのでしょうか」
「あまり大きな声では言えないのだが、亹様は母上が趙の公女である為か、気位が高く、あまり評判がよくないのだ。昭公はご寵愛している妃の公子を新たに太子にすえたいという噂もある。さらには士大夫達の間では次の君主には公子適様をとの声もある。当然のように面白くないのは太子の亹様だ」
 高遠は一緒に戦った呉起と蔡信に心を許したのか、帝丘の街には流れない宮殿内の噂を声を潜めて話した。
「それで亹様が食邑で兵を集めていると言う事なのですか」
 呉起は関係のない世界だと思っていた公室内の争いにこれから自分は関わってゆくのだろうかと思って聞いた。
「あくまでも、全てが噂なのだが。ある日突然刺客が公子様を襲うかもしれん。噂話にさえ敏感に気を配っておらなければ、我々の仕事は勤まらんのだ」
「わかりました。自警団の中に面白い才能を持っておるものがおります。亹様の噂の件は少し私の方で調べてみましょう」
「呉起どのであれば間違いはないと思うが、くれぐれも怪我をせぬように気をつけてくれ」
「何かわかり次第高遠殿にお知らせいたします」
 呉起はそう言うと蔡信と共に公子邸を後にした。

「蔡信。どうも太子亹様が兵士を集めていると言う噂が気になる。早速で悪いが、許駿と超耳に噂を探らせてくれないか」
 家に戻ると呉起は銭袋を蔡信の前に置くと言った。
 中国の貨幣は殷の貝貨から始まり、春秋時代後期の通貨は銅製もしくは青銅製の貨幣が各国独自に製造して流通していた。三晋(趙、魏、韓)では農具の鍬の形をした布貨、斉や燕では刀の形をした刀銭、秦では穴の開いた円形の円銭、楚では蟻鼻銭が流通していた。秦の通貨単位は1斤または1鎰=24両、1両=24銖であった。
「太子の亹様が兵を集められて公子適様を襲うのだろうか。今公子適様が襲われると、呉起が大夫になれる話もなくなるのか。これは何とかしなければならないな」
 蔡信は眉間に皺を寄せながら言った。
「そうだ。何があろうが公子適様をお守りしなければならない」
 呉起は蔡信が自分自身で考え始めている姿を見て頼もしく思いながら言った。
「早速明日から、二人によく言い聞かせて、亹様の食邑を探らせよう」
 蔡信はそう言うと銭袋を懐に入れて呉起の部屋を出た。
 呉起は一人になると、やくざの陳平から呼び出しを受けた事から始まった、今日一日の目の回るような出来事をもう一度思い出していた。
 
 その頃公子亹邸を趙からの使者が密かに訪れた。
「趙襄子(ちょうじょうし)様がお倒れになったそうです」
 管亮は趙の使者からの知らせを公子亹に伝えた。管亮は趙の大の荀稷に大金を送り何か趙の公室に変化があれば知らせるように頼んであった。更に公子亹が衛の国の君主になれるよう趙の公室にも工作を頼んでいた。
「亡くなられたのではないのだな」
 公子亹は管亮に鋭い目を向けて確認した。
「はい。まだ亡くなられていないそうですが。どうやら長くはもたないようです」
「そうか。急いで計画を実行に移さなければならない。食邑の兵士を呼ぶまで趙からの知らせが昭公に届かぬことを祈るしかないな。我々の動きを誰にも勘づかれていないだろうな」
 管亮は公子亹を巧妙に説いて、昭公を弑(しい)る考えを公子亹自らの考えのように思い込ませていた。もとから猜疑心の強い公子亹が昭公を弑いる決意をするには時間はかからず、実行計画を練るうちに、公子亹は魅入られたように昭公暗殺計画に没入していった。管亮は己が宰相になる為に口にした言葉が、公子亹の胸の内で禁断の果実のように怪しい芳香を放ち、公子亹の心を虜にしているのを確信した。
「街中に放っていた密偵の知らせによりますと、公子適様が呉起と言う若者を使って帝丘のやくざを一掃したようです」
 管亮は密偵より知らされた話を告げた。
「そう言えば宮殿で公子適さまが司寇に何か怒っていたな」
「公子適様はやくざの取締りと言う名目で三十名の自警団を家人として、捕まえたやくざ十数名も私兵にするそうです」
「適様に気付かれたわけではないだろうな」
 公子亹の心に何か引っかかるものを感じた。僅かばかりの見落としが計画全体を駄目にしてしまうこともあるのだ。
「心配はないでしょう。自警団とやくざを合わせても50人にも満たないのです」
「管亮、兵士はどの位集まっておるのだ」
「およそ一師(2500人)ほどの数になっております。夜間宮殿を守る兵士は三百です。この屋敷にいる兵士を合わせれば宮殿を制圧するには充分の数です」
 管亮は兵士を少人数ずつ邑から呼び寄せており、すでに屋敷内に300人以上集めていた。
「私に味方する大夫はどの程度いるのだ」
「半数に満たないでしょう。しかし殆どの大夫は様子見でしょうから気にする事はありません。宮殿を制圧してしまえば亹様が君主であられます」
 公子亹の昭公に対する諫言や、多くの大夫を招いた宴会の効果が出て、公子亹の評判は公子適に及ばないにしても、以前よりも良くなっていた。しかし、事前に計画を打ち明けて協力を得られるほど信頼できる大夫は一人もいなかった。
「私が昭公を弑いたと聞いて、叛旗を翻すのは公子適様しかいないだろう。公子適様の屋敷に家人は何人いるのだ」
「密偵の知らせですとおよそ百名ほど」
「宮殿の制圧と同時に公子適の屋敷を囲み動けないようにしてくれ」
 天に叛くのかと言った公子の言葉とは裏腹に、公子亹の心はすでに君主の座についている己の姿に魅了され、瞳から怪しげな光を放っていた。管亮は公子の目を見返すことが出来ずに公子の言葉を聞いていた。
 
 それから5日後、許駿が一人汗と埃にまみれて公子亹の食邑の調査から戻って来た。
「公子亹様の邑は帝丘から歩いて三日のところにあります。邑では国境の守りに兵士が必要であると触れて大掛かりに兵を集めておりました。すでに1師ほどの兵は集めたのではないでしょうか。念の為に超耳を邑に残しておきました」
 許駿は井戸脇で汗と埃に汚れた体を流すと、すぐに呉起と蔡信に報告した。
兵の単位は5人を伍として、5伍で25人を1両、4両で100人を1卒、5卒で500人を1旅、5旅2500人を1師、5師12500人を1軍としている。
「噂は本当であったのか」
 蔡信は許駿の報告を聞くと驚いたように言った。呉起は許駿の報告を聞くと何もいわず考え込んだ。
「1師もの兵士を集めて、やはり公子適様の屋敷を襲うのだろうか」
 考えこんでいる呉起に、蔡信は自分の思いついた事をさらに言った。
「多すぎるのだ。公子適様を襲うのであれば1旅も兵士がいればたりるだろう。公子亹様は何を企んでいるのだ」
 公子適邸の警護の兵が少ないのは衛では周知の事実である。たぶん屋敷の警備は百名程度のものではないだろうか。それに対し2500名もの兵士を用意するとは慎重すぎはしないか。自分達は公子適様のことばかり考えていて何か大きな事を見落としているのではないだろうかと呉起は考えていた。しかしいくら考えても心にひっかかるものが何かわからなかった。
「いずれにしても早速、高遠殿に報告しなければなるまい」
 呉起はそう言うと蔡信を伴って公子適の屋敷を訪れた。
「そうか。わざわざ調べてくれたのか。実は昨日の事なのだが、斉の軍隊が国境を侵しているとの連絡が入ったのだ。宮殿では急ぎ対策を講じて、公子亹様自らが集められるだけの正規兵を従えて斉との国境に向かった。その時に自邑からも兵士を従えて向かうと言う話であった。あの時公子適様に迂闊な事を申すなと言われた通りになってしまった。呉起殿には申し訳ない事をした」
 高遠は自分の言葉を信じて、公子亹の食邑まで人をやって調べてくれた呉起に、面目なさそうに言った。
「そうでしたか。我々の心配が杞憂に終わればそれにこした事はありません」
 呉起は頭を下げようとする高遠を手で留めて、さらに言った。
「しかし、おかしな事もあるものですね。公子亹様はかなり前から国境の争いの為に兵士を集めていたそうです。どうして昨日報告があったことが、公子亹様には事前に知っておられたのでしょうか」
「確かにそう言われればおかしな事だな。1師もの兵士を集めるとすれば相当な金が必要となるだろう。こう言ってはなんだが、昭公の華美な生活の為に常備兵の数まで減らしているとの事だ」
 高遠は呉起にそう言われて頭をひねった。
兵を集めるには武器やその他の装備を集める為、膨大な資金が必要となる。「管子」によると戦車1台に馬4頭。馬1頭に兵士7名と御者5名がつく。従って戦車1台に兵士28名御者20名そして軍夫30名がつくのが基準だと書いてある。戦車1台に78名の兵士軍夫がつくことになり、2500名だと約30台の戦車の編成となる。六里四方を一単位として戦車一乗(台)を供出させていた。(中国の一里は約400メートル)衛の国の有力な卿大夫でも平時からこれほど多くの兵士や装備を集められる者は限られていた。
「もしこの屋敷が襲われた場合、公子適様はどうなさいますか」
「この屋敷は塀は低く防備に適していない、それに警護の兵は百人にも満たない。やはり領地のある邑に逃げるしかないだろうな」
 高遠は顎髭を触りながら、しばらく考えて言った。
「何か嫌な予感がします。いずれにしても退路を確保しておいたほうが良いでしょう」
 呉起はそう言うと高遠の部屋を出た。公子適は国境の争いもあり宮殿に出仕していた。呉起は公子亹が兵士を従えて国境に向かったと聞いても、どこかすっきりとしなかった。呉起の脳裏には手繰り寄せることのできないいくつもの糸が結び、付けられないまま風に靡いていた。

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by shou20031 | 2005-01-24 21:12 | 中国歴史小説

    

永遠の愛ってあるのだろうか
by shou20031
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