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中国歴史小説と幻想的な恋の話


「源じいさんの愛した女」 第19話  冴と紗絵

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          フランス  女性画家  エリザベート ビィジー ルブラン 1755-1842
         マリーアントワネットに気に入られ数多くの肖像画を残している。
         髪の毛の一本一本まで書き込みはにかむような表情が素晴らしい

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お蔭様で現在第2位です。有難うございます。これかもよろしくお願いします。
たった半日の幻の様な一位でした




  「先生。年寄りの話につき合わせて悪かったな。でもどうしても誰かに話しておきたかったんだ。わしの苦しみを吐き出してしまいたい思いもあった。

  もしいつかどこかで冴と言う女に出会ったら、一生冴だけを愛して欲しいのだ。そして一緒に年老いて死んであげて欲しいんだ」

「源じいさん」
  私は源じいさんの疲れた横顔を見て言った。

  自分の犯してしまった、たった一度の間違いの為に、失ってしまった冴と言う女性を九十を越すこの歳まで愛していた。私は冴という女が語った話よりも、この歳まで一人の女を想い続けている源じいさんに驚いていた。

「先生。疲れたよ」
  源じいさんはそう言うと目を閉じて静かな寝息を立てた。私は立ち上がり、隣の部屋に移ると、源じいさんの息子さんに尋ねた。

「源じいさんの奥さんは」
  私の問いに一瞬顔を曇らせた。
「母は五十年前の早朝、父と私を捨てて出て行きました。その事で何か」

  五十年と言う月日が息子の口を開かせたようだった。
「お母さんの名前は」
「冴でした」

  源じいさんの息子は何か尋ねたそうであったが、私自身が信じられない気持ちでいるものを、どう伝えてよいかわからなかった。

「お母さんが何故出て行かれたか、その理由はご存知ですか」
「いいえ。良く知らないのです」
「その後お母さんと会われた事はあるのですか」
「いいえ。ありませんが、今でも一年に一度身の回りの物を送ってくれています。それに・・・」

「何かあるのですか」
「笑われそうな話ですが、しばらく前に立川で母に良く似た女性を見かけたのです」

「お母さんだったのですか」
「いいえ。良く似ていましたが、母は九十を超えているはずですか、その女性はまだ二十代でした」

  私は源じいさんの話をどう話していいのか考えていた。年寄りが昔自分が犯した罪に怯え、自分の都合の良い話に作り変えてしまう事はよくあることであった。

「源じいさんは、今でもお母さんの事を想い続けているようです」
  私の言葉に源じいさんの息子は溜息をついて天井からぶら下がる裸電球を見つめていた。

  忘れてしまいたいはずの過去のページを私は不用意にも開いてしまった気がして後悔していた。私は看護婦に何かあったらすぐに連絡するように言ってまだ陽射しの強い山径を下った。

  奥多摩から立川への電車から、雨後の多摩川の濁流を眺めながら、私は源じいさんの話を考えていた。

  以前源じいさんに好きな女はいないのかとしつこく聞かれ、結婚したい女はいるのだけれど、相手の方がなかなか首を縦に振らないのだと話した事があった。

  もしかしたら、源じいさんは自分の悲しい思い出に手を加え、私に話す事で自分のような後悔をしないように私に教えたかったのではないだろうかと考えていた。

  多摩川の流れは源じいさんと私の時間の流れを呑み込むかのように激しく流れていた。

「お帰りなさい。どうだったの」
  アパートのドアを開けると、紗絵は味噌汁の味見をしながら尋ねた。
「だいぶ衰弱が酷くなってる」
「何の話だったの」

  電話のベルが鳴り、紗絵が受話器を取って話しをした。しばらくして、がっくりと肩を落とすと受話器を置いた。
「山荘のおじいさんが、たった今亡くなったようよ」
 
  まるで話終えた語り部が自分の使命を終えたような亡くなり方に、私は源じいさんの悲しみの深さを知った。

  その時の肩を落とした紗絵の後ろ姿を見て、源じいさんの山荘への山径で見た若い女の後姿を思い出した。

  紗絵は台所に戻り夕食の支度を続けた。源じいさんの台所で何がどこにあるのか何故わかったのか、その時気がついた。


                                                      おわり

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by shou20031 | 2005-03-01 22:48 | 大人のメルヘン

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永遠の愛ってあるのだろうか
by shou20031
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