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中国歴史小説と幻想的な恋の話


「呉子」無敗の将軍 若き日の呉子Vol.11 破門

c0039644_20291725.jpg 超耳達が荷駄の警護で臨淄へ向ったのと入れ替わりに、李淵と李香が踊り子を連れて呉起の家を訪れた。
「お久しぶりで御座います」
 一年振りに会う李香は以前のようなあどけなさが抜け、匂うような女を感じさせた。
「一段と美しくなられましたね」
 呉起は胸の高鳴るのを押さえて、眩しそうに李香を見て言った。
「呉起様こそ一段と頼もしくなられて、随分と曲阜の女子を泣かせておられるのでしょうね」
 李香が拗ねるように呉起の顔を見て言った。
「呉起殿。李香の失礼な言葉を許してくれ」
 李淵が呉起に李香の不躾な言葉を謝った。李淵には李香のいじらしさが哀れであった。

「張疋殿はお元気ですか」
 蔡信が気を使って話題を変えた。超耳達は踊り子達と楽しげに話し込んでいた。
「子供達の面倒を見るようになって、かえって若返ったようだ。許駿殿が臨淄の心配は無用 だから、呉起殿には曲阜での学問に精進してくれとの事だ」
「そうですか。皆のお陰で私の学問のほうもだいぶ進みました」
 呉起は久しぶりに会った李香の美しさに心を奪われていた。
「呉起殿、あまり学問に根を詰められると体を壊しましますぞ」
 李淵はそう言うと呉起の耳元で囁いた
「呉起殿にこの老人から頼みがあるのです」
「私で出来る事であればいいのですが」
「李香はあなたを慕っております。あなたには大望があることも知っておりますが、それ故、私はあの孫娘が哀れでなりません」
 呉起は李淵の言葉を驚いた。

「おじい様心配なさらなくとも、呉起様はきっと曲阜の女子と生き抜きをされています」
 李香が卓に料理を持って来て呉起を睨むように言った。
「蔡信。私は学問でそれどころではない事を李香殿に言ってくれ」
 呉起は李淵の言葉に動揺していた。
「わしは、呉起が塾に出かけているとばかり思っていたのだが」
 蔡信は呉起が普段見せたことがない困った顔が可笑しくて笑った。
「ほら。やはり呉起様はどこかで綺麗な女子と息抜きをされているのです」
「おい。蔡信。疑われるような言い方はよせ。私は塾とこの家の間の道しか知らない」
 呉起は李淵の言葉で動揺している気持ちを落ち着かせようとして、むきになっていた。
「李香よ。いい加減にしなさい。呉起殿は本気で困っておる」
 李淵がそう言うと、真っ赤になっている呉起の顔を見て、李香と蔡信が笑い出した。

「まるで婚礼のように華やかだな。私も席に加えて貰えるだろうか」
 陶固が酒瓶を提げてひょっこりとやって来た。
「これは陶固殿。どうぞお座り下さい」
 呉起はそう言うと立ち上がって陶固に椅子を勧めて、李淵と李香を紹介した。
「呉起どのは斉の舞踊団の方々までご存知なのか」
 陶固は李香の美しさに目を奪われていた。
「盗賊に襲われた時に呉起様とここに居られる方達に救われたのです」
 李香が呉起の顔を愛しそうに見ているのに陶固は気が付いた。
「ほう。それはまた勇ましい話ですね」
「そのおかげで、呉起様達は十人以上のやくざに襲われたのですが、蔡信様と一緒に見事に討ち果たしたのです」
 李香は呉起の強さを自慢げに話した。
「とんでもない。もう少しでこちらが危ないところでした」
 呉起は李香が大袈裟に陶固に話すので困って言った。

「李香殿の舞はさぞや美しいでしょうね。一座の興行はいつからですか」
 陶固が李香の気を引こうと言った。
「明日からです。ぜひ皆様で見に来て下さい。でも呉起様はお美しい方と学問の息抜きでお忙しいでしょうけれど」
 李香はそう言うと陶固に微笑んで酒を注いだ。
「このように美しい女性も金も労せずして手にはいる呉起殿が羨ましい」
 陶固は纏わりつくような視線を李香に注いだ。呉起はその時、陶固が怒りに近い嫉妬に身を焦がしている事に気が付かなかった。
 陶固は酒に酔った勢いで李香を無理やり抱き寄せようとして彼女に顔を打たれた。陶固はそれに懲りずに他の踊り子に抱きつこうとして、蔡信に押さえ込まれたまま寝込んだ。その日陶固の鬱屈した思いが酒を飲んで一度に出たようだった。

 李淵は最後まで呉起があれほど一所懸命に学んでいた兵学を棄て、儒学を学ぶのか責めなかった。むしろ責められぬ事がかえって呉起の心を苦しめた。それは張疋や李淵のように学問を生活の糧や出世の踏み台にしてこなかった人間の大きさなのだろう。
 李香は一座が曲阜の街で興行している間、呉起の家を訪れて楽しそうに炊事や洗濯をして行った。呉起は李香と二人になるとかえって意識してしまい気軽に言葉を交わすことも出来なくなってしまった。それでも李香は毎日幸せそうにやって来た。

 曲阜を離れる前の晩、李香が一人で呉起の部屋を訪れた。
二人は言葉もなく見詰め合い、行灯の芯が燃える音だけがしていた。静かな夜の時間が更けて行った。
「李香どの、私はまだ、職もない塾生なのだ」
 呉起は静けさを破るように言った。
「呉起様、私は旅の舞妓なのです。今夜だけ呉起様の隣で寝させて下さい」
 風が揺らぎ、行灯の芯が瞬いて消えた。
「明かりをつけないで下さい」
 呉起の腕の中に柔らかな肉体が投げ出された。呉起は壊れてしまうような李香を抱きしめた。
「ああっ」
 李香が漏らしたため息が、押さえていた呉起の本能を解き放った。
「この次に曲阜に来る時は、私の妻であると、李淵殿に伝えてくれ」
 二人の夜は静かに更けて行き、部屋の中に衣擦れの音と李香のため息だけが聞こえた。
 翌日、李香の一座が曲阜の街を離れて行った。

 やがて呉起が曾参の学塾に学んで二度目の新年を迎え、呉起の席次が首席となった。しかし呉起は儒学を学べば学ぶほど、己が求めているものから遠ざかっている気がしていた。
「また、後から入って来た者に抜かされたようだ」
 陶固は新年の席次の発表の後に呉起の姿を見つけて言った。
「呉起殿。すまぬが金を少し用立ててくれまいか」
 陶固は呉起の体に擦り寄ると耳元で囁いた。
「陶固殿。お断りいたします。私は金貸しではありません」
「呉起殿。そこのところを何とかしてもらえまいか。あなたはやがて栄達して行くが、ここに取り残される者の気持ちを考えて貰えないだろうか」
「陶固殿。我々は塾生の見本にならなければいけないのです。塾生同士の金の貸借は禁止されております」
 呉起は以前超耳が言った言葉を思い出していた。
「呉起殿。首席ともなると言われることがちがいますな」
 陶固は呉起の言葉に顔色を変えて言った。

「母上の具合が悪いと聞いたが、帰らなくてよろしいのか」
 陶固はどこから耳にしたのか呉起の想い悩んでいる事をついてきた。
「母上との約束がありますので」
「そうであった。呉起どのは大臣になるまでは何があろうと母上とお会いにならないのであったな」
 陶固はわざと他人に聞こえるように言った。
「呉起殿。魯の国から先生に塾生を一人推薦するように依頼が来ているそうです。先生は孝に厳しい方だ、気をつかれたほうがよろしい」
 陶固はそう言うと呉起をへこまして気を良くして去って行った。呉起は陶固の後ろ姿を見て大きく溜息をついて家に戻った。

「呉起よ。母上が亡くなられたそうだ」
 許駿が臨淄から知らせに来ていた。
「そうか」
 呉起は許駿の言葉を聞くと力が抜けたように椅子に座った。
「母上は亡くなられた時に、お前の学問の邪魔になるから、おまえには知らせるなと言われたそうだ」
 呉起は俯いたまま泣いていた。母の想いを聞くと、子として親が病に伏しているのに、看病にも行かず、亡くなって葬儀にも行かない己を恥じていた。

 翌日呉起が学塾へ行くと、師の曾参の部屋に呼ばれた。
「魯の宮廷より司寇の役人として塾生を推薦せよと、ご沙汰がきておるのだ。私はそなたを考えていたのだ。ところがそなたは母上が病気であるのに、看病にも帰らないと聞いたのだが本当か」
 老齢の曾参は静かに呟くように話した。
「はい。それは誠です」
「なぜ。母上の看病に戻らないのだ」
「母との約束だからです」
「呉起よ。私はそなたに何を教えて来たのだろうか。早く母上の元に行くがよい」
「師よ。母は既に亡くなりました」
「呉起よ。すぐに戻って母上の喪に服しなさい」
「師よ。母との約束なのです。私は親への孝よりも、母との約束を守りたいのです」
「呉起よ。それはそなたの考え違いだ。私はどうやらそなたを見損なっていたらしい」
 曾参の言葉が呉起の心を抉った。曾参の惜別の言葉であった。
「師よ。長い間お世話になりました」
 呉起はこれまで世話になった礼を込めて、長い間頭を下げて曾参の部屋を辞した。曾参は小さく頷いて呉起を引き止めなかった。

「何かあったのか」
 呉起が俯いたまま何も言わずに家に戻って来たのを見た蔡信は心配になって尋ねた。
「私は学問には向いていないようだ」
「首席になろうとしているおまえが、何を言っているのだ」
「曾参殿の塾を破門になったのだ」
「どうして破門になったのだ」
「師の教えに背いたからだ」
「母上の事か」
 蔡信は言葉を失った。
「母上との約束であった事を伝えたのか」
 蔡信は呉起に確認するように尋ねた。
「母との約束で葬儀にも戻らないと伝えたが、師に理解して貰えなかった」
「呉起よ。そこまで伝えて破門されたのなら、やむを得まい。そもそも儒学は形式に拘り過ぎるのだ。おまえと母上との固い約束に、師とはいえ曾参殿が口を挟む事がむしろ無礼であろう。おまえに儒学は向かないのだ。破門されたのだ。もうきっぱりと儒学で身を立てる事は諦めろ。おまえには張疋殿に学んだ兵学があるではないか。」

 普段寡黙な蔡信が珍しく饒舌に語った。呉起はその饒舌さに蔡信の深い思い遣りを感じた。呉起は母の死や、師からの破門を受けて自分自身を見失っていた事に気がついた。たしかに蔡信の言う通りであった。母との約束を果たす為に、早く世の中に出たいと思って学んだ儒学も、深く学べば学ぶほど己の求めている物とは異なる違和感があった。
by shou20031 | 2005-02-01 20:30 | 中国歴史小説

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