中国歴史小説と幻想的な恋の話


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雨の日はミステリアス


雨の日はミステリアス
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雨の日はちょっとミステリアス
だれもが顔を隠してる
すらりとのびた足、
色とりどりのかさ
ちらりとみえた顔にどきりとする。

雨の日は子供が元気
足早に通り過ぎる大人をよそに、
子供は黄色い長靴でおおはしゃぎ
あんな日もあったのかと、ちょっと
自分に満足してる

雨の日は猫もうらめしそう
鳥も犬もうらめしそうに
空をながめて、おおあくび
傘をもった人間だけが
何か忙しげに動いてる
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by shou20031 | 2005-06-30 22:23 |


本物のお坊ちゃま絵師  酒井抱一

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本物のお坊ちゃま絵師 酒井抱一(1761-1828)
酒井抱一は播州姫路藩十五万石の藩主酒井雅楽頭忠恭(ただずみ)の世子忠仰(ただもち)の次男として神田小川町の江戸の別邸に生まれた。母は山形城主大給松平乗佑(のりすけ)の次女里姫である。幼名を栄八、善次、字は忠因(ただなお)といい、号を抱一。画は狩野永徳.土佐光貞.丸山応瑞らに学び、後年尾形光琳に私淑して一家をなした。俵屋宗達、尾形光琳と並び、琳派を代表する画家で江戸琳派と呼ばれるc0039644_16225386.jpgc0039644_1623557.jpgc0039644_16232637.jpg

幼い時から武術とともに俳諧や仕舞を習い、青年に及んで国学、儒学を学んだが、同時にまた、蜀山人について狂歌に興じたり、歌川豊春流の浮世絵を描き、松平不昧の席に加わって茶道にも親しんだ。
 三十三歳で隠居して江東の番場の河岸に移ったが、この地は文人墨客の集まるところであった。この頃、たびたび吉原に遊んだ、「夜は明けてまた虫はなく別れかな」「暁の枕に入るや雨の雁」などという遊里の匂いのある句がある。
 三十七歳の時、出家剃髪して僧籍に入った。法名を等覚院少僧都文詮暉真という。先の隠居といい、この出家といい、確とした証拠はないが、松平定信の寛政の改革、中でも「異学の禁」といわれる、朱子学以外の学問を禁止した施策について意見書を老中首席の定信に提出した。この改革反対の意見書が酒井家に禍が及ぶのを恐れた家老達が、急いで抱一を隠居させ、さらに出家させたというのである。
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 その後、抱一は根岸五丁目の雨華庵に閑居し、土地の名物鶯にちなんで鶯村(おうそん)と号し、雨華庵と称した抱一の隠宅には、鵬斎をはじめ太田南畝こと蜀山人、谷文晁、大窪詩仏、市河米庵、そして梨園の市川団十郎、河東節の十寸見沙洲などが集まった。
 大儒であるゆえに、異学の五鬼に数えられ、疎まれて仕官経世の道も閉ざされ、町儒者として送らねばならなかった亀田鵬斎に心を寄せて、鵬斎の住居の近くに引越した。抱一と鵬斎の交友は鵬斎が亡くなるまで続き鵬斎が亡くなった翌年後を追うように抱一は六十八歳で亡くなる。
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 抱一には二人の弟子があった。鈴木蠣潭とその養子其一である。
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by shou20031 | 2005-06-29 21:13 | 芸術


ライ麦畑でつかまえて  JDサリンジャー

c0039644_21105793.jpgJD サリンジャー
学生時代にこの本を読んだ方は沢山いられるのではないでしょうか。私が紅顔の美少年だった30年前「サリンジャー」は現代アメリカ文学の大スターだった。「ライ麦畑でつかまえて」をまさにバイブルのように扱っていました。
先日rioさんのブログを拝見してみると、なんと懐かしのこの本を読んでいるではないですか。思わず図書館で借り出して読み直してみました。お~わが青春よ~わなわなわな。

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読後感想ですが・・・・読み返さなければよかった

 確かにあの頃、若者には人気のあったサリンジャーでしたが、高年齢層からは相手にされなかったのを思い出しました。いつのまにか自分もその高年齢に突入していたのです。
あの頃理由もない苛立ちや焦燥感、そして社会における自己の存在意義と激しい性に対する衝動。毎日が答えの出ないクイズをしているような日々に「ライ麦畑でつかまえて」は、自分が抱えていた悩みが決して自分だけが悩んでいるのではないことを教えてくれたのでした。

 あの時何よりも輝いてた本だったのに、今では色褪せてしまった本なのです。あの時に感受性を失ってしまったのでしょうか。いや時間が私を大人にしたのです。大人になった自分は感情をコントロールすることを覚え、社会に迎合することを覚えたのです。30年前の感性が良いのか今の鈍くなった感性が良いのかはわかりません。でもあの時代この本は確かに輝いていました。(30年前は100点。今は赤点?)
[ライ麦畑でつかまえて」についてはもう何もいいたくない] 竹内康浩 荒地出版社
ちょっと興味をそそられたのでこれも読んでみました。30年前にこれを読んでいたらもう竹内さんは神様だったでしょうね。今ですとまあ青臭い奴だなと言う感想です。
今でもサリンジャーがバイブルの人には必読です。
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by shou20031 | 2005-06-28 22:31 |


虚ろな月


月は猫の目のよう細く輝き
心は砂漠のように涸れはてる。
わかりきった自分を見つめ
傷つく心をかばっている。

星は野狐の瞳のように瞬き
心は修羅のように乱れている。
言葉にすれば全てが空しく
文字にすれば虚ろになる

朝日は赤子のように昇り、
心はやみの中に溶けだす
仮面をおびた人々が動き出し。
わたしは、止まるところさへ見失う。


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by shou20031 | 2005-06-27 22:13 |


美は時を超える 千住 博  光文社新書 740円

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美は時を超える 千住博

違いのわかる男 千住博の本です。千住博の美術の授業 Ⅱとして出版されました。京都造形大学副学長ながらも、現在、千住さんニューヨークに在住して製作活動をされているそうです。
アルタミラノの洞窟壁画から現代アートまでを総括的に語っています。

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 この本は友人が読んで泣いたと言われて読む気になりましたが、泣いた場所がどこだったのか聞き忘れてしまいました。残念ながら友人の感性はわたしよりもずっと鋭かったようです。読み終わった後、むしろ物足りなさを感じました。前半は美とは何かを語ろうとしているのですが、もう少し解りやすい文章にならないのだろうかと感じました。
  奇をてらっていただけのアメリカ現代アートが9.11以降まったく色褪せてしまったと言う文章を読んで、確かにリアルタイムでテレビ中継されたあの事件ほどセンセーショナルなものなどありえないわけです。そしてテレビと言う媒体が現実の事件を一種のドラマに仕立ててしまったのです。ドイツのアーティストは「同時多発テロこそ最高アート」だと言って大きな物議となったそうですが、ある面ではそうだったのでしょう。
  千住さんは時代を超えて残ってゆく美とは何かを語ろうとしていますが今ひとつ現代アートに関してはわかりませんでした。武具にも美しさがあるというところは、ちょっと語りつくされているかな。
ゴッホとミレーの部分の文章は良かったです。泣いたところは多分ここなのかな。全体としては大人の為の良書ではないでしょうか。
(70点でしょうか)
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by shou20031 | 2005-06-26 22:53 |


ミュージック・バトン

Q1 私のHDには言ってる音楽のファイル容量2.25G
ほとんどが子供が入れたアルバムです。


Q2 最後に買ったalbumは上海で買った「紅楼夢」中国の古典楽器で演奏しているいわゆるインストルメンタル。不思議なことにどこにも演奏者の名前がないのです。

Q3 正直あんまり音楽聴きません
(少し前まではケツメイシの「さくら」を聞いていました)

Q4 私の場合は好きだった曲
1.Anderea Bocelli の「Per Amore」はたまに聞く曲ですね。
  随分前に世界的にヒットしました。

2.大滝詠一の「A Long Vacation」「NAIAGARA」などのAlbumの中に入っている曲はみん  な好きかな。大滝詠一さんの曲と片岡義男さんの小説は何か青春時代を思い出します。

3.やっぱりサザンオールスターの「勝手にシンドバット」は大学四年の時の曲でした。

4.ユーミンの「中央フリーウエイ」は外せない。この曲をかけて中央高速を走りました。

5.あと一曲は何だろう。小椋佳の「ゆれるまなざし」を初めて聞いた時は鳥肌がたちましたね~
  何と美しい旋律なんだろうと思いました。


ミュージック・バトンというものが音楽の苦手な私のところにここ数日の間に3人4人の方からバトンを渡された。この人なら何とかしてくれるのだろうと言う期待に渡されたのなら光栄な限りであるが、私音楽は全くの苦手です。

さらにこのバトンリレー皆さん善意の元にやられているのであるが、正直断るのって勇気がいります。それも3人4人に対してですから。それで今回私は渡されたバトンは受けますが、私の意志で引き継がないと言うことでご了解下さい。

(しまった!クラプトンのChange the worldを入れるの忘れた。あ~!ビリージョエル入れる の忘れた!ボブディランも忘れてる!「I'm sexy」歌ってたの誰だっけ?なんだかんだ言いながら乗っている自分が怖い)
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by shou20031 | 2005-06-26 11:46 | その時思う事


真面目過ぎる 渡辺崋山

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真面目すぎる渡辺崋山(1793-1841)

 江戸後期の蘭学者・画家。名は定静、通称は登、崋山は号。崋山は号。始め華山と号し、三十五歳ごろ崋山と改めた。儒学を佐藤一斎・松崎慊堂(こうどう)に,絵を谷文晁らに学ぶ。幼少の頃から画にも親しみ、画業は,初期には沈銓・谷文晁の影響を強く受けたが,西洋画の陰影法を取り入れた肖像画や,遠近法を活用した山水画などに新風を開いた。
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代表作《鷹見泉石像》は国宝となっている。 田原藩は貧しい小藩で、父が長年病身だったため、幼いころから貧乏生活を強いられた。少年期から藩に仕えながら絵を学び、絵でを立てようと考えた。つまり、崋山にとって絵は、生活のための副業にほかならなかった。 。藩士としての崋山は、年寄役(家老)兼海防掛、江戸留守居役を歴任するなど、1万2000石の小藩の重臣として活躍した。40歳で藩の家老職に就いてからは、田原藩の繁栄に貢献。「報民倉」を設け、天保の飢饉のときに一人も餓死者をださなかったことは有名です。
高野長英らと西洋事情を研究し、鎖国の非を「慎機論」で記しましたが、幕府の批判とされ田原で蟄居を命ぜられてしまいました。藩に災いが及ぶのを恐れ自刃。享年49歳。
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幼い頃の崋山は何か考えに耽ると周囲が見えなくなるほど考えに没頭して、よく転んだり、溝に落ちたりした。究極は大名行列の前を横切って、切り殺されそうになった逸話が残っている。
また崋山が自害した理由は、江戸で門弟が田原で蟄居生活している崋山の生活をたすけるためにひらいた画会が不謹慎であるとあやまってつたえられ、藩主に迷惑がかかるのをおそれて自殺したと言うあくまでも生真面目過ぎる崋山の最後であった。
師の谷文晁が前年に亡くなっている。もし弟子思いの文晁が生きていれば崋山は死ぬことはなかったと思うのは浅はかなのだろうか。
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by shou20031 | 2005-06-24 18:37 | 芸術


ぼくのつくった魔法のくすり ロアルド・ダール

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ぼくのつくった魔法のくすり  ロアルド・ダール

主人公ジョージには意地悪な祖母がいて父母が出掛けてしまうと祖母はジョージに小言を言い続ける。ジョージはそれに我慢が出来なくなり、祖母が毎日欠かさず飲む薬に家中の様々な液体を投入して薬を作って祖母に飲ませてしまう。その薬が驚くべき効果を発揮して、帰って来た父は、ジョージを怒るどころか家畜に飲ませる薬として売り出そうとする。さらに結末がなんとも嫌な感じがします。
この本は子供用なのでしょうか?大人用のよくあるブラック物なら理解できますが、子供用として読ませるのであれば悪書としか思えません。
あ~俺が歳をとって倫理を振り回しているだけなのか。作者は最初から小難しいことは言っていないのかもしれない。子供の無意識の残虐性と大人の計算高い嫌らしさを言いたかったのかな?
単純に面白ければよいのかもしれない。正直に言えばチョコレート工場の秘密もイマイチだったよね~

いったいこれはこれまでの児童書のようなそれとなく人生を考えさせる本ではないようだ。だぶんロアルト・ダール論でも書いているいる人に言わせれば何か小難しく説明してくれるのだろうな。今はそんな小難しさに我慢しても聞いてみたい気がする。(そんなものがあるとすればですが)
点数 赤点(うちの高校は40点以下は赤点でした)
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by shou20031 | 2005-06-22 20:47 |


清濁

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清濁

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清楚な白いバラが咲いた。
その美しさと香りに誘われて顔をよせた。
白き花は子孫を残す為の生殖器
わたしは蝶のように君の花に舞い降り口づけをする。

妖艶な赤いバラが咲いた。
淫猥な強き香りに引かれ手繰りよせた。
清濁、すべては同じ生殖行為と化し
自堕落な淫蕩にふける。

若き蝶は濃厚な香りに誘われ
ろうたけた蝶は清楚な花を好む
やがて蝶は飛ぶ力を失い、花は風に散り、
新たな生命を繋ぐ。
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by shou20031 | 2005-06-21 21:16 |


美しいと思う詞 涼州詞

涼洲詞  王翰(おうかん)
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葡 萄 美 酒 夜 光 杯
ぶどうのびしゅやこうのはい
欲 飲 琵 琶 馬 上 催
のまんとほっすればびわばじょうにもよおし
酔 臥 沙 場 君 莫 笑
ようてさじょうにふすれどもきみわろうことなかれ
古 来 征 戦 幾 人 回
こらいせいせんいくにんかかえる

<超翔訳>
旨いぶどう酒を、あの名高い夜光杯で飲み交わそう
杯を交わそうとすると、興を添えるように誰かが馬の上で琵琶を弾く音がする
今宵は酔いつぶれて倒れても笑ってくれるな
昔から戦に出掛けた者達がいったい何人帰っただろうか



この詩のインパクトは最初の一行目のエキゾチックな雰囲気ですね。葡萄酒や夜光杯が西域の雰囲気を見事に伝えています。(夜光杯とはどんなものだったかはっきりしないそうです。幾つかの説があります。カットグラス説。玉杯説。そして西域でとれた石を杯にしたもの)
前半の二行で西域で戦う兵士がひさかたの長閑な時間を友人と酒を酌み交わそうとしている状況をエキゾチックに歌い上げていますね。ぶどう酒、夜光杯、そして琵琶を馬上に弾く音。誰もが否応なく辺境の守備兵になった気持ちになってしまいます。そして後半の二行は今宵は思い切り飲んで酔いつぶれるけど笑ってくれるな、こんな辺境の地の守備兵となっていったい何人の兵士が戻れた言うのだ。明日死ぬかもしれないのだ、せめて今夜は酔いつぶれることくらい大目にみてくれと・・・・本当はこの先死ぬかもしれない恐怖と不安と戦っている悲しくも辛い兵士の心情なのです後半と対比すると前半の二行はあまりにも美しく歌い上げています。名詩ですね。左遷されたおとうさんが場末の居酒屋でうだを上げるとは随分違います。あ~反省しないといけない。


唐の時代、都の長安はまさに絢爛たる中国文化が咲き乱れていました。しかし万里の長城があらわしているように西域では遊牧民族の侵略を受けていた時代でもあったのです。この詩は西域の守備部隊についている兵士を詠った辺塞(へんさい)詩として書かれています。





王翰(おうかん)
盛唐の詩人。(687~726年)字は子羽。晉陽(現・山西省太原)の人。進士に受かり昌楽の尉となった。豪快な性格で、酒好き。狩猟をする愛した。宰相張説に認められ、駕部員外郎。張説が失脚すると、仙州別駕に左遷された。仁侠の士を集めて酒宴にふけったため、道州司馬(現:湖南省道県)に流されて配所で没した。
王翰自身は西域に行った事はなかった。


王翰の涼州詞にはその2がある。

秦中花鳥巳應闌
しんちゅうのかちょう すでにまさにたけなわ  
塞外風沙猶自寒
さいがいのふうさ なおおのずからさむし
夜聴胡茄折楊柳
よるにこかせつようりゅうをきけば
教人意気憶長安
人のいきをして ちょうあんをおもわしむ
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by shou20031 | 2005-06-20 21:23 | 漢詩の世界

    

永遠の愛ってあるのだろうか
by shou20031


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