印象派の巨匠 モネ「日傘の女」
生前最も成功した印象派の画家
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木々の緑はすっかり生え揃い、山を萌黄色に染めていた。秋が黄色から赤に彩られるなら、春は白から緑の変化に富んだ美しさを見せてくれた。私は自然の色使いに驚きながら、運動不足の自分の体を罵っていた。五月連休明けの夏のような暑い陽射しを受けて、額に汗を滲ませながら、喘いで山径を登っていた。
その時沢筋に佇む女の姿に気がついた。その後ろ姿にどこか見覚えがあるような気がしたが、もう一度振り返った時には、もうその姿はなく、その後姿が気にかかりながら、源じいさんの別荘に到着した。
「源じいさん。元気かい」
いつも通り、硝子戸を開けて家の中に挨拶したが、源じいさんの返事がいつまで待っても返ってこなかった。心配になり寝室を覗くと、源じいさんは鼾をかいて寝ていた。私はほっとため息をつくと、戸棚を空けて前に飲んだブランデーを取り出して、源じいさんの枕元で飲み始めた。
「先生来ていたんですか。わしはまた死神のお迎えかと思ったよ」
「ぐっすり寝てたもんだから、勝手にやらしてもらってるよ。まだ風邪が治らないのかい」
「風邪は治ったのだけど、あれ以来体の調子が思わしくなくてね。何日か具合が良いかと思うと、また疲れが出て来て、今日みたいに寝込んでしまったりの繰り返しなんだ」
私は持っていたグラスを置くと、鞄の中から聴診器を取り出して、源じいさんの胸に当てた。
「源じいさん。だいぶ心臓が弱ってるよ」
特別どこが悪いと言うわけではないが、これまで働き詰めで来た疲れが、風邪を引いたことにより、一気に出たようであった。
「源じいさん。ここでは体に精のつくような物も食べられないだろう。少し病院に入院してゆっくりしようか」
私は聴診器をしまいながら言った。
「先生。どこが悪いのかはっきり言ってくれ。わしはここから出るつもりもねえ。これ以上長生きしたくもねえんだ」
「特別どこが悪いわけじゃあないんだ。ただ源じいさんが若い時に無理した疲れが今出てきているんだよ」
窓の外では鳥がうるさいほど鳴き、強い陽射しが木々の新緑の色を窓ガラスに映して様々な模様を描いていた。
「先生。この前の話の続きを聞いてくれねえか」
源じいさんは自分の体など気にもかけずに以前の話の続きを始めた。
「冴を身請けしたわしは、以前にも増して仕事に精が出た。あれほど待ち焦がれた冴と一緒になれたわしは、ちょうど良い機会だと思って、当時はまだ珍しかったガソリンの商売を甲州街道で始めた。ところがこれが当たってな。
まだ自動車も少なかったけれど、ガソリンスタンドなんてもっと少なかったんだ。噂と言うものは恐ろしいもので、ガソリンをやっている店と言うだけで、新しい客がつくようになった。あれほど不細工だと言われた冴も、わしの所に嫁に来たとたん、源さんには勿体ないほど綺麗なかみさんだと言われたんだ。
冴はわしと会って七年の歳月が過ぎているにも拘らず、不思議な事に一向に歳を取ったようには見えないことだった。
むしろ、初めて会った時より一段と綺麗になっていたし、若返ったようにさえ見えた。ただわしは冴が女郎部屋にいたことがばれて周囲から苛められないか心配だったが、以前一緒に行った番頭さんも冴が目の前で挨拶した時でさえ気がつかなかった。あれだけ不細工だと言ったにも拘らず、冴の美しさに驚いていた。