中国歴史小説と幻想的な恋の話


写実的日本画の祖 円山応挙

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真面目を絵に描いた人物 円山応挙(1733-1795)


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近代日本画の祖。真面目を絵に描いた人物。なんて洒落てみました。
英一蝶や尾形光琳に比較するのも阻まれるくらい真面目な人物です。円山派の祖でもある。

c0039644_1905445.jpg丹波の農家に生まれ、若い頃京都の玩具商に勤めた。人形などの絵付けをしてながら絵を、狩野派の画家石田幽汀に学んだ。勤めていた玩具店で扱っていた眼鏡絵を描くことにより西洋画法を学んだ。(眼鏡画とはレンズを覗くとまるで本物の景色が見えるようにに描く絵)彼の真面目さはその精緻な写実性となって表れる。彼の描く眼鏡画が評判を呼ぶ。三十歳の頃応挙と名乗り、円満院の門主祐常(ゆうじょう)の知遇を得て中国絵画の研究をする。祐常は応挙の画論を書きまとめた「萬誌」を残す。
「大瀑布図」「孔雀に牡丹図」はこの頃の作品で、他を寄せ付けない写実性が話題となる。「大瀑布図」は全長3.6mある。書院の中に滝を再現しようとした迫力十分な絵である。
応挙が京都の画壇に出ると写生一色(それまでは粉本となる中国画を手本として写していた)となったと、「雨月物語」の作者上田秋成は書き残している。当時鬼才と言われた曾我蕭白は「鑑賞的な絵画なら私に頼みなさい、実用的な絵図なら円山応挙に描いてもらえ」と言わせた。応挙の画名は狩野派をしのぎ弟子は千人を越えたと言われている。正直この人の事は書くのを止めようかと思うぐらい真面目でエピソードの少ない人なのである。驚くべき写実的画家円山応挙を外すわけにはいかない。

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上の二枚は応挙の写生帖。驚くべき写実性である。しかし一方こんな子犬の可愛さや幽霊の愛しさを描くことも出来た。
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by shou20031 | 2005-04-16 19:04 | 芸術

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