中国歴史小説と幻想的な恋の話


放蕩息子第二弾  尾形光琳

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尾形光琳(1658-1716)

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尾形光琳の名を知らぬ人はいないであろう。
国宝「燕子花図屏風」の作者尾形光琳は京の高級呉服商「雁金屋」の次男として生まれた。三男が後の尾形乾山である。
呉服商の息子として様々な芸事を習った。十八歳の時能を舞ったという記録が残っているそうである。弟の乾山と一緒にかなりの放蕩三昧をしていた。

三十歳の時に父親の膨大な遺産を相続する。子供を生ませた女に訴えられたり、わずか数年で財産を使い果たした相当な放蕩息子である。商家に生まれたにもかかわらず、算盤勘定が全く出来なかった。財産を使い果たした上に弟の乾山から借金までしている。

財産を使い果たした光琳を助けたものは習い思えた絵を描くことであった。
これからが光琳の凄いところである。遊びを介して知り合った人間をパトロンにして絵を描いて生活するようになるになる。そして40代半ばに法橋という絵師としては高位を受ける。放蕩に明け暮れながらも次の生活手段を身に付けていたのは見事としか言えない。結局光琳の放蕩三昧の生活で培われた感性が後の名作を残したことになった。


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しかし生活は楽ではなかったようで新しいパトロンを探しに、1704年光琳は江戸に下り大名家に出入りして絵を描いた。酒井家の絵師となるがわずか二十人扶持。しかし仕事はそこそこあり遊んで生活するには困らなかったようであるが、当時の江戸は京の華やかさがなかった。
1709年に京都に戻り、国宝「紅白梅図屏風」を書き上げている。京に戻った光琳は、なくなる1716年まで弟の乾山とともに沢山の名作を残す。放蕩は最後まで止まなかった。
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by shou20031 | 2005-04-13 21:11 | 芸術

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